事実は小説よりも奇なり

事実は小説よりも奇なり。

Uni’s blog 備忘録

ちょっと思考を変えてみる

人生方程式 人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力

これは、稲盛和夫さんのお言葉をお借りしました。

初めてこの言葉を知ったのは、今の会社のプロジェクトが第一段階を突破して、次期キックオフの場でのことでした。

考え方がマイナスだと熱意と能力がどんなに長けていても全てはマイナスにしか作用しない、ということです。

何だかこの言葉を聞いて私は胸が痛くなりました。私のプロジェクトってみんなスペシャリストで少数精鋭で動いているのです。そんな中で私は営業事務っていう肩書きで仕事してて、時々SQLを触って、エクセルなんてGoogle先生頼りだし。スペシャリスト集団の中の、一般ピープル以下の私の存在って。。ずーっと悶々としながら仕事してて。

だから、私の考え方もみんなの熱意とか能力に少なからずマイナス要因として働いてたらなんかやだなって。

そしたら、まぁますます仕事嫌になったんやけど笑

ここまでは仕事の話で、

13日に過食嘔吐なしだったー!ってのは報告済みだと思うのですが、14.15はやっぱりルーティン過食に走ってしまって。今朝なんて身体中がめちゃめちゃ痛くて起き上がることすら困難を極めて昼過ぎまで惰眠を貪っていました。

 

体重はここ半年で5キロ弱増えた。

 

で、過食嘔吐なんて苦しいしやめたいんだけど、それがない生活ってもう想像つかないし、太った私なんてこの世の中に存在する意義あるんかな?とか考えてて。

特に体の不調もないし☆なんて言ってたら確実に顔パンパンだし、体の節々はめっちゃ痛い。恐らくきちんと調べればまだまだ悪いところはあるだろうし、婦人科系は死んでるし、たかだか虫歯2本が一年以上毎週歯医者行ってるのに治らないとかね。

 

そして、ふと考えたの、私過食嘔吐にばかり気がいってて、毎日食べるものに悩み結果悩むのもめんどくさくて適当に食べてるんだけど、で、毎日嘔吐してなかったことになんとなくしてて。

 

でもね、過食嘔吐がもし無かったら私って割とありだと思ったんです。

毎日地獄だわって思いはそんなに変わらないんだけど、今の人生から過食嘔吐ってのを引き算したら私って結構まともにいい感じに生きてない?って。

子供が五歳になってある程度なんだか言葉も通じるし、コミュニケーションとれるようになって前よりはマシになったし。

 

だから、なんだろう。過食嘔吐が私の何かを支えてるんだってずっと信じて疑わず、低体重でいることがアイデンティティのように生きてきたけど、少なくとも我が子を妊娠する前は今より10キロ以上は太ってたし、別にアイデンティティでも何でもなくてただの固執だなと。

 

そんなん言いながら、明日何食べよかなとか、健康診断までにこの増えまくった体重落としたいよな、とか諸々考えちゃうのが悪い癖なんだけど。

でも過食嘔吐なしの人生もありなんかな、と思いました。